引越しスケジュール(メモと雑記)
19(月)飛び込み練習会
20(火)銀行に行く、LINE、FBでお知らせ
21(水)水泳大会と飲み会
22(木)メール送信の準備
23(金)引越し先の契約とメール一斉送信
SNSでのお知らせ
【契約まで油断ならない】
素晴らしい引越し先の物件がオーナーの気が変わって、貸すのやーめた。って言われたり、保証会社を立てる際、保証人がいないので審査に落ちたり。(保証会社を立てるのに、何で連帯保証人の記入欄あるんだろう??)ここ、内見させてくださいってお願いしたら、整体はお断りと言われたり。
やっぱり保証人の件はおひとりさま組合としては由々しき事態じゃ。天涯孤独は社会的弱者だと痛感させられた。信用ある会社に勤めていたらいい場合もあるのかもしれない。けど、それは私の選択肢にない。
【保証人がいない】
長くなるけど、愚痴っぽくなるけど、書きたい。
10年前、私が開業するときは借金なんてしてなかった。少しずつ貯金して、誰にも迷惑をかけることなく自力で開業するところまでこぎつけた。
ところが不動産の書類を揃えて、父親に連帯保証人を頼んだらアッサリ断られた。「やめとけ」みたいに言われた。
父親は私を全く信用してない。
もう20年以上前のことだけど、鍼灸マッサージの試験を終え、かなり久しぶりに実家に電話をして報告した時の会話はこんな感じだった。
「試験結果はいつわかるんだ?」
「一ヶ月後だよ」
「身体障害者の資格に1ヶ月もかかるんか?」
父親の頭の中は「マッサージは盲人の仕事」ということになっていた。もしくは下品で穢らわしい仕事と思っていたから、彼なりにバカにしないといけない部類だったのかもしれない。私は学費も生活も全部自分で工面した。2年間の下働きをして、職場から借金して、3年間仕事しながら学校に通った。その結果に対して「身体障害者の資格に…」と言ってしまう父親は本当に何も知らない人なんだなって。悔しさ、悲しさを通り越して、父が真っ暗な谷底にいるような感じがした。同じテーブルで話すことができない。もう「父親」には会えないんだと思った。
このやり取りから3年後。開業するに際し、不動産を借りる時に保証人を頼める人がいない。それで父に頼んだら「やめとけ」だった。
娘が自分で貯めたお金で開業する。仕入れや掛売りもない。父親にはなんのリスクもない状況だった。
私も開業したい一心で、この時ばかりは一幕演じた。
千葉に父の兄にあたる叔父がいた。叔父は清掃会社を経営していたが、ほとんど傾いていて、叔父も叔母も大病を患い不便をしていた。早い話が身の回りの世話だったり、ちょっとしたことでも頼める人がほしい状況だった。その叔父に保証人を頼もうと思った。
実は裏がある。
父と叔父は滅茶苦茶に不仲だった。保証人を父に頼めないのなら、叔父に頼むと言えば、父はあんな奴に頼むくらいなら、俺が保証人になる。と言うのが目に見えていた。超絶不仲な兄に恩を着せられたくないので当然だ。
そんな一幕を演じて、父親に連帯保証人になってもらい今の治療院の開業に漕ぎ着けた。
【天涯孤独が身を立てるには】
10年経つと世の中は変わった。身内の連帯保証人ではなく、保証会社の方が家賃の取りっぱぐれがない。しかし保証会社の書類に連帯保証人を名前を書く欄がある。そこを空白で出すと2度審査に落ちた。
自分で自分の保証をするためには、会社を経営しないといけない。木の幹のように生きて、社会に貢献するしか、自分の保証の立て方がわからない。他にあるなら教えてほしい。
結婚とか会社に勤めるという選択肢はないので、それ以外で信用される方法ってどこにあるの?友達に家族がいたら保証人なんて頼めないよ。
孤独は雑草のように引っこ抜かれてポイとされるような世の中だ。
しぶとく根を張って生きるしかないんだな。
自分には似合ってる。
【将来の目標】
今回の引越しの件はタマシーに刻み込まれるほど痛感させられた。露骨だけど消費税を納める程度の収入ではまだまだ雑草ってこと。世の中のせいにして、おひとりさまは生きづらい、なんて言ってる暇があるんだったら自分で稼いでどうにかしてやる。
はい。また今回も生き残れますように。蜘蛛の糸を渡り歩くのは、心臓に良くないな。